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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)2415号 判決 1982年8月09日

原告

田中保広

被告

大沢昌義こと金賢圭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二九一二万六一二七円及びこれに対する昭和四八年一〇月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四八年一〇月一一日午後一時三〇分ころ

(二) 場所 愛知県安城市高棚町新道一番地日本電装株式会社の高棚工場新設工事現場構内で造成中の道路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(名古屋51る三一七〇)

右運転者 被告大沢昌義こと金賢圭(以下「被告大沢」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 事故の態様 前記日時場所において、被告大沢は、原告を加害車後部座席に乗せて前記構内にある被告川北電気工業株式会社(以下「被告川北電気」という。)現場事務所から作業現場に向けて運転進行中、前記道路上路面に突出していた鉄製マンホールの上に加害車を乗り上げ、その衝撃により原告を加害車の天井に激突させた。

(六) 傷害の部位・程度

原告は、右激突の際、頭部、頸部挫傷等の傷害を受け、昭和四八年中五九日間、昭和四九年中一四日間、昭和五一年中二六日間、計九九日間入院して治療を受け、その後も通院して治療を受けているが、昭和五三年四月一日現在においてほぼ症状が固定し、右上腕神経叢麻痺等により、労災等級別四級該当の後遺症が残つた。

2  責任原因

(一) 被告大沢

(1) 被告大沢は加害車の保有者であり、これを自己のため運行の用に供していた者である。

(2) 被告大沢は、漫然と加害車を運転した過失により、本件事故を発生させた。

(二) 被告川北電気

(1) 被告川北電気は加害車の保有者であり、これを自己のため運行の用に供していた者である。

(2) 被告川北電気は、電気工事施工について、被告大沢を専属的な下請として使用する者であり、従業員である大久保義章を現場に常駐させて被告大沢を直接指揮監督し、あるいは直接に被告大沢に工事上の指図をさせる等して同工事を施工していたのであるから、被告大沢は被告川北電気の被用者と同視すべき関係にあつたところ、本件事故は、被告大沢が、被告川北電気が請負つた電気工事等の業務の執行に際し、その過失によつて惹起したものである。

(三) 被告株式会社竹中工務店(以下「被告竹中」という。)及び被告昭和土木株式会社(以下「被告昭和土木」という。)

(1) 被告竹中は前記工場新設工事全般を請負い、被告昭和土木は同請負工事のうち前記道路の造成及び前記マンホール埋設等の工事を、被告竹中の直接の指揮、監督のもとで下請けし、かつ、右被告両名は、同工事中右道路を仮設の道路として諸車通行の用に供し、右道路の通行許否、安全対策等を主宰し、事実上これを支配、管理していた。

(2) 前記工事の施行に際し、被告竹中の現場責任者高倉行雄ら及び被告昭和土木の現場責任者村瀬義次らは、共同して、右道路を通行する諸車をして、右マンホールを迂回して通行させるなどその安全に万全の注意を払い、もつて、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により本件事故を発生させた(民法七一五条)。

(3) 本件事故現場の道路及びマンホールは土地の工作物であるが、右道路は未だ造成中で、埋設した右マンホールは路面に突出していたのであつて、右マンホールの周辺に危険標識を設置するなどの安全対策を講じることなく、そのまま右道路を仮設道路として諸車通行の用に供していたことは、その設置及び保存に瑕疵があるものであつて、本件事故は右瑕疵によつて惹起されたものである(民法七一七条)。

3  損害

(一) 昭和四九年一一月一日から同五三年三月三一日(後遺症固定)までの休業損害 金六三九万九八〇九円

原告は、事故当時被告大沢の従業員として平均賃金一日金三九〇四円の給与を受けていたところ、後遺症固定時まで全く労働できなかつた。

この間、労災保険による休業補償給付等の支給に関する

右平均賃金に対する政令によるスライド率は、昭和五〇年四月一日から同五一年一二月三一日までの間一二五パーセント、同五二年一月一日から同五三年三月三一日までの間一五一パーセントとなつている。

(1) 昭和四九年一一月一日から同五〇年三月三一日まで

三九〇四(円)×一五一(日)=五八万九五〇四(円)

(2) 昭和五〇年四月一日から同五一年一二月三一日まで

三九〇四(円)×一二五(%)×六四一(日)=三一二万八〇八〇(円)

(3) 昭和五二年一月一日から同五三年三月三一日まで

三九〇四(円)×一五一(%)×四五五(日)=二六八万二二二五(円)

以上合計 金六三九万九八〇九円

(二) 昭和五三年四月一日(後遺症固定時)から同五六年七月三一日までの休業損害 金七九七万〇四五八円

原告は、昭和五三年四月一日現在、前記後遺症の固定により、少なくとも九二パーセント以上の労働能力を喪失するに至つたと認められるところ、前記政令によるスライド率は、同日から同五四年七月三一日までの間一六三パーセント、同年八月一日から同五五年七月三一日までの間一九〇パーセント、同年八月一日から二〇〇パーセントとなつている。

(1) 昭和五三年四月一日から同五四年七月三一日まで

三九〇四(円)×一六三(%)×九二(%)×四八七(日)=二八五万〇八七八(円)

(2) 昭和五四年八月一日から同五五年七月三一日まで

三九〇四(円)×一九〇(%)×九二(%)×三六六(日)=二四九万七六五四(円)

(3) 昭和五五年八月一日から同五六年七月三一日まで

三九〇四(円)×二〇〇(%)×九二(%)×三六五(日)=二六二万一九二六(円)

以上合計 金七九七万〇四五八円

(三) 逸失利益

前記後遺症は今後とも軽快の見込みはなく、原告は、終生、少なくとも九二パーセント以上の労働能力を喪失するに至つたものと認められる。今後の得べかりし利益の喪失額は、前記平均賃金に対する二〇〇パーセントのスライド率に準拠して算出した年間減収額金二六二万一九二六円を、少なくとも今後三三年間にわたり失うものとして、新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現価に換算すると、金五〇二九万六四一四円となる。

二六二万一九二六(円)×一九・一八三=五〇二九万六四一四(円)

(四) 慰謝料

(1) 入・通院中の慰謝料

傷害の部位・程度、入・通院の実日数等からみて少なくとも金一五〇万円

(2) 後遺症による慰謝料

その内容・程度等を考慮して金六八七万円

(五) 弁護士費用 計金二二〇万円

着手金 二〇万円

謝礼金 少なくとも二〇〇万円

4  損害の填補

(一) 被告大沢から、昭和四九年一一月一日以降の休業補償として合計金二一万五七八四円

(二) 労災保険による、昭和四九年一一月一日から同五三年三月三一日までの休業補償給付として合計金三八〇万九六九八円

(三) 労災保険による、昭和五三年四月一日から同五六年七月三一日までの障害補償年金給付として合計金五〇五万〇二八七円

(四) 自賠責保険から、後遺症慰謝料として金三四三万円

5  よつて、原告は、被告らに対し、本件事故の損害賠償として、各自、金六二七三万〇九一二円の内金二九一二万六一二七円及びこれに対する事故発生の日である昭和四八年一〇月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(被告大沢)

1 請求原因1のうち(一)ないし(五)の事実は認める。同(六)のうち、労災等級別四級該当の後遺症があることは否認し、その余は知らない。

2 請求原因2(一)の(1)につき、被告大沢が加害車の保有者である事実は認める。

3 請求原因2(一)の(2)は否認する。被告大沢に過失はない。

(一) 本件事故当時、別紙図面各点の間は、道路全体が舗装工事の下準備工事中であつて(到るところに凸凹があつたり、砕石や砂が山積みされていて、ブルドーザーが砕石類を敷いており、下水のマンホールの中では作業員が桝の仕上等の作業をしていた)、道路も車一台がやつと通行できるかどうかの程度に狭く、しかもその通行方法もジグザグの運転を余儀なくされ、かつ、車両も上下左右の振動、傾斜がひどい道路であつた。

(二) 右道路において、被告大沢は、作業に向かうべく、午後一時二〇分ころ、現場事務所から訴外杉田、同近藤、原告の三人を車に乗せて、点に向かつて進行した。被告大沢は、前記道路状況を勘案し、前方を注視し、上下左右の振動、傾斜に対処しつつ、ハンドル操作を慎重にして徐行しながら進行し、点で杉田、近藤を降ろした後、点にさしかかつた際、点では道路に突出したマンホールがあつたので、これをまたいで進行しようとしたが、車両の下部がマンホールの角に引つかかつて車両が大きく上下に振動したものである。

(三) 被告大沢としては、点のマンホールを通らなければ点に行けず、かつ、点通過に際しても慎重に運転操作をしたが、車両の下部が引つかかつたため事故が発生したものであつて、マンホールの設置・管理に瑕疵があつたもの、あるいは不可抗力によるものである。

4 請求原因3の(一)につき、事故当時の原告の月収は、金一一万八七四一円である。事故後、全く労働できなかつたことは否認する。また、仮に、労働上の制約があつても、労災保険給付の受領で充分補填されている。

同(二)につき、九二パーセント以上の労働能力を喪失したことは否認する。仮に労働上の制約があつても労災保険給付の受領で充分補填されている。

同(三)につき、労働能力の喪失率、喪失期間について争う。

同(四)、(五)はいずれも争う。

(被告川北電気)

1 請求原因1のうち(一)ないし(五)の事実は認める。同(六)のうち、労災等級別四級該当の後遺症が残つたことは否認し、その余は知らない。

2 請求原因2(二)の(1)を否認する。加害車は、被告大沢が所有し、自己の費用で使用管理していたものであり、被告川北電気には同車両の運行支配や運行利益は帰属していない。

同2(二)の(2)のうち、被告川北電気が電気工事の一部として施行する管路工事などの土木工事を被告大沢に下請けさせていたこと、従業員大久保義章を本件工事現場に常駐させ、被告大沢等下請業者の工事施行が被告川北電気の指示通りにされているか監督していたことは認めるが、被告大沢が被告川北電気の専属的な下請業者であることは否認する。

3 請求原因3の(一)について、全く労働できなかつたことは否認する。また、スライド率を休業損害(逸失利益)の算出に適用するのは不相当である。

同3の(二)及び(三)について、九二パーセントの労働能力喪失は否認ないし争う。また、スライド率の適用も前同様不相当である。

同3の(四)及び(五)は争う。

(被告竹中及び被告昭和土木)

1 請求原因1のうち(一)ないし(五)の事実は認める。同(六)は知らない。

2 請求原因2(三)の(1)のうち、被告竹中が本件工場新設工事を請負い、同昭和土木がその一部(道路工事及び排水工事)を下請けしたこと、本件道路工事現場及びマンホールを被告昭和土木が占有し、同竹中も右被告をとおして占有していたことは認めるが、右道路を仮設の道路として諸車通行の用に供していたことは否認する。

同(2)は争う。原告指摘の注意義務は存在しない。

同(3)のうち、本件道路工事現場及びマンホールが土地の工作物であること並びに、右道路が造成中であり、埋設したマンホールが突出していたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(一) 本件工作物(本件道路工事現場及びマンホール)に、設置及び管理の瑕疵は存在しない。瑕疵の判断基準は当該工作物の帯有する危険性(その予測ないし予見性)とこれに対応する防護措置の存否によると考えられるが、本件工作物には、以下の状況からして、予測ないし予見される危険は存在しなかつた。すなわち、本件工作物に立入る者は作業員のみであつたこと、車両の進入については作業車のみと限定し、立看板を立て、被告竹中及び被告川北電気を含む元請四社で確認しあい、これが四社の責任において系列の一般作業員に下請、孫請を通じて伝達され、また、朝礼で直接伝達されたりしたこと、建設工事現場においては、他社の作業現場への立入り進入は許可なくしてなしえず、立入る場合にも他人や自らの安全に配慮し、必要最小限の範囲で行なうとの常識が存在していたこと、という状況である。

(二) また、仮に瑕疵が存在したとしても、本件事故との間に因果関係はない。前記常識からしても、造成中の道路において、迂回して通り抜けることができた状態にもかかわらず、時速三〇キロメートルでマンホールの上を通過しようとした被告大沢の運転は、未必的故意にも比すべく異常な行動である。

3 請求原因3につき、争う。

三  抗弁

(被告ら)

1 原告の過失

本件事故現場の道路は、舗装の準備工事中であつて、道幅は狭く、凸凹がひどいうえにマンホールが道路上に突出している状況であつた。このような悪路を車両に乗つて通行する者としては、車両の振動、傾斜や、山積された砕石類あるいは突出したマンホールとの接触がありうることを予測して、身体の安全を守り得るよう留意し、座席にしつかりと座り、両手で支えるなどの措置をとるべきにもかかわらず、原告は、前記道路状況を知りながら、加害車両の走行中に腰を浮かせ、前かがみとなつて前部座席の背もたれに両手を置く状態で、運転中の被告大沢の耳元へ口を近づけて話しかけていたため、そのとき、車両下部がマンホールに引つかかり、上下に振動し、原告の頭部が車両の天井に衝突したものである。

(被告大沢)

2 損害の填補

(一) 被告大沢から、昭和四八年一〇月分から同四九年一〇月分までの休業補償として合計金六二万四〇〇〇円

(二) 労災保険から、昭和四八年一一月二八日から同四九年三月三一日までの休業補償として合計金二八万八一一四円

(三) 労災保険から、昭和四九年四月一日から同五〇年三月三一日までの休業補償として合計金九七万二六一〇円

(四) 労災保険から、昭和五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの休業補償として合計金一四〇万五六八六円

(五) 労災保険から、昭和五一年四月一日から同年一二月三一日までの休業補償として合計金一〇五万六一五五円

(六) 被告大沢から、慰謝料として金五〇万円

(七) 被告大沢から、家政婦代として金三万九一〇〇円

(八) 被告大沢から、入院雑費等として金約三〇万円

(九) 労災保険から、通院費として金三〇万八九六〇円

(一〇) 労災保険から、看護費用として金一万〇五五六円

(一一) 労災保険から、入院治療費

四  被告らの主張並びに抗弁に対する認否

1  被告大沢の3(一)ないし(三)の主張(過失なし)並びに被告竹中及び同昭和土木の2(一)、(二)の主張(瑕疵なし等)は争う。

2  抗弁1は争う。

3  抗弁2(一)及び(二)の事実は認めるが、本訴で請求していない損害に対する支払である。

同(三)の事実は認めるが、昭和四九年一一月一日以降の分は既に請求原因4(二)で自認しているし、同年一〇月三一日までの分は本訴で請求していない損害に対する支払である。

同(四)のうち金一〇五万四三二六円について認めるが、既に請求原因4(二)で自認している。その余の金員について受領したことは認めるが、これは福祉行政上の配慮に基づく特別支給金としての見舞金であつて、損害の填補として充当することを争う。

同(五)のうち金七九万二一五五円について認めるが、既に請求原因4(二)で自認している。その余の金員について受領したことは認めるが、これは福祉行政上の配慮に基づく特別支給金としての見舞金であつて、損害の填補として充当することを争う。

同(六)につき否認する。但し、搭乗者保険金として保険会社から被告大沢を介して受領したことは認める。

同(七)の事実は認めるが、本訴で請求していない損害に対する支払である。

同(八)につき、金四万三四六七円の限度で認めるが、本訴で請求していない損害に対する支払である。

同(九)、(一〇)及び(一一)の事実は認めるが、本訴で請求していない損害に対する支払である。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の(一)ないし(五)の事実(日時、場所、事故の態様等)は当事者間に争いがない。

同1の(六)(傷害の部位・程度)について判断する。

成立に争いのない甲第一三、第一四号証、第二一号証、第二八号証、第三六ないし第四三号証、第四五号証の一ないし六、第四六号証の三、四、第四八号証の三、第四九号証、証人伊藤鎮隆の証言により真正に成立したものと認められる乙ロ第五号証、弁論の全趣旨により乙ロ第五号証中の写真を引き伸ばした写真であることが認められる乙ロ第六号証の一ないし九に証人伊藤鎮隆、同伊藤博治の各証言、被告大沢本人及び原告本人の各尋問結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

1  原告は、本件事故により、頭部、頸部挫傷等の傷害を受け、計四回、合計九五日(昭和四八年一〇月一一日から同年一二月七日、昭和四九年九月二六日から同年一〇月九日、昭和五一年七月一六日から同年八月三日、同月二五日から同月二八日)の入院治療を受けたこと及び右入院期間を除く間においても通院治療を受け、退院後も通院治療を続けていること(昭和五二年九月一二日までの中部労災病院に対する通院実日数だけでも二六九日に達する)

2  昭和五三年三月三一日付後遺障害診断書をもとに、同年七月二七日、自賠責調査事務所において、原告の後遺障害として、<1>右上肢の知覚脱失、運動の完全麻痺(自賠法施行令別表五級四号に該当)、<2>頭痛、頸痛、目まい等(同表一二級一二号に該当)、<3>右耳聴力障害(同表一四級二号の二に該当)が固定し、以上併合後遺障害四級の認定を受けたこと

3  しかし、右後遺障害のうち、最も重い障害とみられる「右上肢の知覚脱失、運動の完全麻痺」の原因としては、頸椎の過大な屈伸が惹起する右上腕神経叢損傷が考えられるところ、通常、用廃に至るような神経損傷があればその神経の支配する部分に明確な筋萎縮や顕著な皮膚の冷感がみられる筈であるのに、原告については、顕微鏡下においてようやく認められる程度の非常に軽度な筋性筋萎縮があつたにすぎないなど、原告の主訴と他覚症状ないし検査結果との間に齟齬があることから、後遺障害の診断にあたる医師すら詐病ないし心因性の介在を疑つていたこと(他方、より軽微な障害にあたる頭痛等の自覚症状については、これに対応する検査結果として、脳波に棘波、鋭波などの異常がみられる)

4  右医師の疑問を裏付けるごとく、原告は、本件事故後も、一時期トルコン車に代えたものの(但し、昭和五五年にはクラツチ式の乗用車ブルーバードをも購入した)、依然自動車の運転をしてきているのみならず、昭和五〇年五月には被告大沢に対し復職を申出て断られていること、昭和五二年四月ころ、その住居を天白区天白町所在のアパートから肩書住居地に転居した前後約一年の間の行動は、前記の如く中部労災病院に通院した点を除いてはつまびらかでないが、昭和五三年六月ころ、約一週間、大成重機において、クレーン車運転のアルバイト、同年八月ころ、二週間余りの間、日本出版において、書籍の訪問販売のアルバイトを、それぞれしたこと、同年一一月から同五四年一〇月二六日ころまで、月平均約二〇日、自ら乗用車を運転して岡田屋建材に赴き、ユンボ(パワーシヨベル)のオペレーターとして稼働したこと、右ユンボは一〇本近いレバーを動かすことによつて操作するものであること、右乗用車の運転及びその前後の行動において原告には右手が動いているとしか理解できないような動作が散見されること

右認定事実を総合して判断すれば、前記後遺障害診断書は、そのうちの右上肢の障害に関する診断をそのまま採用することができず、原告は、遅くとも昭和五二年の後半ころから同五五年ころにかけて、日常生活において、その右手は、不自由ではあつたが全く動かないわけではなく、ある程度の効用は果たしていたものと認めざるを得ないものであり、原告の後遺障害は、<1>右上肢につき、せいぜい神経系統の機能障害が残り、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの程度(自賠法施行令別表九級相当)、<2>頭痛、頸痛、目まい等(同表一二級一二号に該当)、<3>右耳聴力障害(同表一四級三号に該当)が固定し(昭和五三年四月一日ころ)、右後遺障害はいずれも頭頸部外傷に起因するものであるが、これを併合して同表八級に該当すると判断するのが相当である。

二  責任原因

(一)  被告大沢

被告大沢が、本件事故当時、加害車を保有していたことは、当事者間に争いがなく、他に特段の主張立証もないから、同被告は、本件事故当時、加害車の運行供用者であつたと認めるべきである。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告大沢は本件事故につき責任がある。

(二)  被告川北電気

成立に争いのない甲第四八号証の二、五に証人大久保義章、同水野省三、同杉田進、同正木利幸の各証言、原告本人、被告大沢本人の各尋問結果を総合すれば次の事実が認められる。

1  被告川北電気は、訴外日本電装株式会社から、本件高棚工場新設工事のうち照明器具取付及び弱電関係の配線(ケーブルの埋設)等の工事を請負い、右ケーブル埋設工事のうち溝掘削及びハンドホールの桝の設置工事を大沢土木こと被告大沢に下請けさせ、その余の工事を訴外三立電気、訴外八木電気に下請けさせたこと

2  被告大沢は、本件工事現場へ、その雇用する原告ら作業員を派遣し、その所有するユンボ(パワーシヨベル)、二トンダンプ車、乗用車(本件加害車)及び工具類を持ち込み、被告川北電気の支給する資材を用いて、前記工事を施行したが、その作業方法は、前日の作業後ないし当日の作業開始前に、被告川北電気の現場事務所において、被告川北電気の現場監督大久保から、その日の作業工程の指示を受け、前記被告大沢の乗用車で作業員をその日の作業現場に運び、資材を右事務所から二トンダンプ車で運搬し、昼食時には作業員らが右事務所等において食事を摂るため、前記乗用車で作業現場と事務所とを往復運送するというものであり、大久保は右乗用車の使用方法を黙認していたこと

3  本件事故は、昼食後、被告大沢が乗用車で、作業員である原告を作業現場に送る際に発生したこと

4  前記大久保は、現場事務所で指示するだけでなく、作業時間中に被告大沢の各作業現場を見回り、指示ないし注意を与え、その相手も被告大沢だけでなく、同被告のいない時等には訴外杉田ら被告大沢の作業員にも直接指示ないし注意を与えていたこと

5  被告川北電気の現場事務所は、被告大沢が使用する資材等が置いてあるだけでなく、被告大沢及びその作業員が着替え、昼食などに自由に利用し、また、被告大沢は、事務所の電話も使用していたこと

6  労災保険の適用については、被告大沢の被用者も被告川北電気社員(被告川北電気は直属の作業員を持たず、直接雇傭しているのは技術者のみである)と同様の取扱をうけ、現に原告も被告川北電気所属者として労災保険より休業補償給付等を受領していること

右認定事実からすれば、本件事故時における被告大沢の加害車運転がその担当する作業の一環としてなされたことは明らかであり、また、被告大沢の担当する作業は被告川北電気の施行するケーブル埋設工事の有機的一環としてなされ、被告川北電気においても、被告大沢の担当作業に対して直接間接にこれを指揮監督しているから、本件加害車に対する運行支配と運行利益を有していたと解するのが相当である。

してみると、被告川北電気は本件加害車の運行供用者というべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告川北電気は本件事故につき責任がある。

(三)  被告竹中及び被告昭和土木

訴外日本電装株式会社から被告竹中が本件高棚工場新設工事を請負い、同昭和土木がその一部(道路工事及び排水工事)を下請けしたこと、本件道路工事現場及びマンホールが土地の工作物であり、被告昭和土木が占有し、同竹中も右被告を通して占有していたこと、本件道路が造成中であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

前掲甲第二一号証、第二八号証、成立に争いのない甲第一〇ないし第一二号証、第一五号証、第一七、第一八号証、第三三ないし三五号証、証人高倉行雄の証言により真正に成立したものと認められる乙ロ第一ないし第三号証に、証人大久保義章、同寺町久志、同藤井照夫、同高倉行雄、同水野省三、同杉田進、同正木利幸、同村瀬義次の各証言及び原告本人、被告大沢本人の各尋問結果を総合すれば次の事実が認められる。

1  本件事故当日ころ、本件事故現場付近においては、道路を造成中(路盤工事の工程)であつて、地盤面は未舗装で凸凹があり、各所に砕石や砂等が山積みされ、設置済みのマンホールが地盤面より一〇ないし二〇センチメートル突出していた。右マンホールは直径六〇センチメートルで約五〇メートル間隔ごとに設置されていた。

2  本件高棚工場新設工事は、約三五万平方メートルにも及ぶ広い範囲のものであつたが、訴外日本電装株式会社から被告竹中が工場の建築工事、外構工事及び排水工事を請負い、訴外中央電気工事株式会社が電気関係の設備工事を請負い(被告竹中からの下請を一部含む)、訴外三機工業株式会社が給排水衛生工事を請負い(被告竹中からの下請を一部含む)、被告川北電気が電話関係等設備工事を請負つた(以下、右四社を「元請四社」という)。

3  本件事故現場等、高棚工場新設工事現場における造成中の道路について、夜間(作業終了後から作業開始まで)の場合と、当該道路において掘削、砕石搬入、整地、舗装等作業中の場合においては、バリケードを並べ、ロープを渡すなど通行禁止の物的設備をしていたが、作業時間中、当該道路において作業をしていない場合には、特にそのような措置をとらなかつた。

4  前記元請四社は、作業の安全のため、各現場事務所付近の草原を駐車場とし、作業車以外の乗用車、ライトバンを構内へ乗り入れることを禁止する旨申し合わせ、その旨記載した掲示板が現場事務所付近に立てられていた。また、三時会等、作業工程打合せの席上で安全配慮の点にも注意をし、その他安全協議会等も開いていた。

5  しかしながら、右三時会等の打合せは、いずれも被告竹中が中心となつて開かれていたことなどから、前記申合せは、被告竹中を除く元請三社の下請会社、孫請会社の作業員にまで浸透しておらず、工場構内が広く各作業現場まで遠いこともあつて、右元請三社の下請会社、孫請会社の作業員の多くは、作業開始直後(朝)、昼食時、作業終了直前(夕)には乗用車やライトバンで現場事務所と各作業現場とを往復していた。

6  被告昭和土木及び被告竹中の現場責任者らは、右乗用車等の乗入れに苦慮していたが、命令系統が異なることもあり、特に改善策を検討、実行するなどのことはなかつた。

7  被告大沢は、本件事故当日、午後の作業開始にあたり、原告をその作業現場に送ろうとして、砕石の山やマンホールを避けて時速約二〇キロメートルで蛇行しながら進行し、本件事故現場において、マンホールをまたいで進行したところ、本件事故が発生した。

右事実によれば、本件道路工事現場にはマンホールが一〇ないし二〇センチメートル突出していたのであるから、事実上通行している乗用車等に対する危険性は十分にあつたものであり、被告竹中及び被告昭和土木もその危険性を認識して危険防止の手段をとつていたことは認められるが、他社下請会社等の乗用車の通行を黙認していたと解せられる面があり、決して十分でなく、危険を防止するために必要とされる人的・物的な危険防止の設備はなおこれを欠いていたものと言うべく、土地の工作物たる本件道路工事現場及びマンホールの設置または保存につき瑕疵を認めざるを得ない。

しかして、前記一及び右認定の本件事故の態様に照らせば本件事故は、右瑕疵にも起因して発生したことが明らかである。

してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告竹中及び被告昭和土木は、民法七一七条一項本文により、占有者として責を負うべきである。

三  損害

(一)  休業損害(昭和四九年一一月一日から同五三年三月三一日)金四八六万八二八八円

前掲甲第四六号証の三、四、成立に争いのない甲第四七号証の一、第五一号証の一、第五二号証の一に、名古屋北労働基準監督署に対する調査嘱託(第二ないし第四回)の結果及び前記一における認定事実を総合すると、原告は、昭和二一年一一月二〇日生の男子であつて、本件事故当時、被告大沢の従業員として平均賃金一日金三九〇四円の給与を受けていたが、本件事故により休業を余儀なくされ、昭和五三年四月一日ころ後遺障害が固定したことが認められる。

よつて、表記期間内の原告の休業損害は、次式のとおり金四八六万八二八八円となる。

3,904円×1,247=486万8,288円

(なお、原告が主張するスライド制は計算根拠として採用できない。けだし右スライド制は、休業補償給付の実質的価値を維持し、社会法の理念に基づき、受給者の生活保障を計るため同種の労働者の平均給与額を基準にとつた給付額の自動的変動を内容とするものであり、その上昇、下降率には経済情勢や労働組合と使用者の労働条件についての交渉など、不確定的要素がからむのみならず、原告において、その上昇分だけの賃金を現実に取得しうることについては証拠が全くないからである。)

(二)  後遺症による逸失利益金三八一万八九七一円

前記一において認定した原告の受傷及び後遺障害の部位程度に前記一の末尾において検討したところを総合すれば、原告は前記後遺障害のため、その労働能力を後遺障害の固定した昭和五三年四月一日から五年間は四五パーセント、その後五年間は二〇パーセント、それぞれ喪失するものと認められる。

そうすると、原告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次式のとおり金三八一万八九七一円となる。

3,904円×365×{0.45×4.3643+0.2×(7.9449-4.3643)}=381万8,971円

四  過失相殺

抗弁1について判断するに、前掲甲第一七号証、第二八号証、第三四、第三五号証、第四八号証の二、五、成立に争いのない甲第二二号証、第四八号証の四に原告本人及び被告大沢本人の各尋問結果を総合すれば、本件事故当時、原告は、加害車の後部左側座席において、腰を浮かしながら前部座席の背もたれに両腕をかけて、運転者である被告大沢に話しかけていたことが認められる。

原告の姿勢保持が右のとおり不十分であつたために、通常の姿勢で同乗していた場合に比して、原告が事故によつて受けた衝撃が強められ、その結果、少なくとも、原告の受傷がより重大になりその損害が拡大したことは、経験則上容易に推認することができる。

加害車に同乗する原告としても、本件事故現場付近の道路状況からして車両の振動等が予測されるのであるから、自己防衛のためにできるだけ安全な姿勢を保持すべきであつたというだけでなく、悪路を運転中の被告大沢の注意力を逸らすべきでなかつたということができるので、右の点において原告にも過失があつたと認められる。

前記一における当事者間に争いのない本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、前記三において検討した原告の損害合計金八六八万七二五九円についてその二割を減ずるのが相当であると認められる。

右の過失相殺をすると、右損害の合計は金六九四万九八〇七円となる。

五  慰謝料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その改善可能性その他諸般の事情(弁論の全趣旨により認められる、労災保険からの医療費、昭和四九年一〇月までの休業補償の一部が支払われ、被告大沢から同じく昭和四九年一〇月までの休業補償の一部、入院雑費等が支払われている事情をも含めて)に前記四において検討した原告の過失を総合すれば、原告の慰謝料額は金四五〇万円とするのが相当である。

六  損害の填補

1  請求原因4の(一)ないし(四)の損害の填補の事実は原告の自認するところである(合計額金一二五〇万五七六九円)。

2  抗弁2の(六)について判断するに、成立に争いのない乙イ第二号証及び被告大沢本人尋問の結果によれば、被告大沢から原告に対し、慰謝料の一部として金五〇万円が支払われた事実が認められる。

3  抗弁2の(一)ないし(五)及び(七)ないし(二)については、原告主張のとおり、右1において原告が自認しているもの及び本訴請求外の損害に対する支払である(なお、本訴請求外の損害に対して填補がなされている事情は前記五における諸般の事情として考慮している)。

また、休業特別支給金は、被災労働者援護事業の一つとして認められたもので、その性質は保険給付ではなく、労働福祉事業として上積みされるものであるから、損害の填補にあたらないと解するのが相当である。

右1及び2の合計額金一三〇〇万五七六九円を前記四の末尾及び五において得られた金額の合計額金一一四四万九八〇七円から控除すると、原告の損害については既に填補ずみで被告らに支払を命ずる金額は存しないこととなり、従つて本訴を提起するにつき原告がその訴訟代理人に支払い、又はこれから支払おうとする金額も本件事故と相当因果関係を有しないものというべきである。

七  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、結局、理由がないこととなるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田宏 藤田敏 伊藤保信)

別紙図面

<省略>